モンハンワールドを始めた

 ちょっとしたきっかけでモンハンワールドをやりたくなった。1年くらい前にプレイしていたデータはアイスボーンの途中で止まっている。プレイ時間は280時間くらいになっている。全く操作を覚えていない。ちょっとやってみたいだけなので、最初から始めることにした。

 このブログでは基本的にプログラミングのポエムを書いていきたいのだけど、ここ1週間ほど大したことをしてなくて、ネタがあまりない。投稿も滞っている。今、1月14日で、まだ3つしか投稿していない。なんとか回収していきたいので何でもいいので今やっていることで書いてしまうことにする。そうはいっても、ゲームプレイについて文章を書くというのはあまりやったことがない。うまく字数を稼げるかどうかはまだ分からない。もうこの時点で結構きつい。それでも、いつものようにキーボードに向かってなんかカタカタやっていれば何とかなるだろうと見込んでいる。

 実を言うとモンハンシリーズにはそんなに思い入れはない。初めてプレイしたモンハンがワールドで、かつ唯一ちゃんとプレイしたモンハンでもある。PS2やPSPの過去のタイトルをプレイしてきていれば、ワールドでの進化にもっと感動を覚えるものであったのだろう。そういうのがなかったので、普通に単独のゲームとしてプレイすることになった。おそらくシリーズで継承されている独特のシステムに最初は戸惑うところがある。慣れてくれば普通に受け入れられるようになるもので、そんなに奇抜なものと言うわけでもない。肉焼きなんかはちょっとした遊びだろうけど面白くて好きだ。こういう要素が各所に散りばめられている。シリーズを通してプレイしてきたならもっとほわっとさせられるところがたくさんあったのだろう。 そういうのを感じ取れないのはちょっと損をしているのかも知れない。

 モンハンは、タイトルが言い表しているように、モンスターを狩るのが主な目的のゲームなのだろう。しかし、他にもやることはたくさんある。単に素材を回収しながらフィールドを探索しているだけでも楽しめる。やろうと思えばいくらでもやることが見つかる。武器がたくさんあって、別の武器を選択するとプレイスタイルががらっと変わるので、使い方を覚えようとするだけでも結構な練習が必要になってくる。プレイスキルを上げようと思うなら色々試さないといけない。全部の武器を強化しようとしたらどれだけ時間がかかるのか見当がつかない。最終的には、フィールドに精通して、装備を強化して、効率よくモンスターを狩るというところに行き着くのだろう。そこに行き着くまでにはいろんなルートがある。単に効率よく装備を強化していくだけではない。その過程でモンスターの特徴を覚えていって、プレイスキルも向上させていかないといけない。ときには何の成果にも繋がらない、だらだらとしたプレイも必要となってくる。そういう何の意味もない時間を過ごす余裕を持つことがこのゲームを楽しむコツなのかなとも思っていた。気になったものは全部チェックしながら、目的と外れたルートに進んでみたりすることはしょっちゅうだった。

 以前のプレイは、そんな感じで効率などは求めないでだらだらとプレイしていたら280時間にもなってしまった。時間が許すならばそれもいいのだろうけど、もう一度同じことをやろうとは思わない。今回しばらくプレイして学んだことは、目的を持って行動するということだ。もし、討伐のクエスト受けたなら、その他のことは無視してしまう。これまでのやり方だと、道すがらに見かけた素材や痕跡なんかに気を配りながら、片っ端から回収して回っていた。そういうのを省くだけでずっと負担は軽くなる。素材回収が目的なら、それだけを目的として探索に出かけるべきだと学んだ。ターゲットを追いかけているときは、途中に見かけるものはガン無視していく。こういうやり方は結構苦手で、他のゲームとかでも途中で落ちているものは片っ端から回収してしまうタイプだ。RPGだと、宝箱はすべて回収しないと気がすまないし、話しかけられる人とはすべて会話しないと気がすまないタイプだ。このプレイスタイルは現代のゲームではあまりに時間を食いすぎる。逆に、無視できるものを徹底的に無視していかないといくら時間があっても足りない。ゲームだけではない、現実においても当てはまる。今はコンテンツが大量に溢れかえっている。ターゲットを追いかける途中で、目に入るものすべてを回収していくのはすこぶる効率が悪い。効率だけを求めてるわけではないのだけど、ターゲットから狙いが外れて、本来の目的を忘れてしまう。ありきたりなよく知られた諺だと、二兎を追うものは一兎をも得ずだ。漁夫の利とか棚からぼたもちというのもあるけど、あまり当てはまらない。ゲームにも現実にもそこら中にそのような利やぼたもちは転がっていて、それらを回収していたらかばんはすぐにいっぱいになってしまう。そんなわけで、目的でないものは徹底的無視してしまう、強い意志を持つことが大事だ。これを鍛えることは今後のゲームプレイにも現実でも役に立つものになりそうだ。

 そんなわけで、モンハンワールドをプレイすることはただ楽しいだけでなく、なかなか実りのあるものになりそうなのだけど、懸念するところもある。それは、中毒性が高いということだ。ゲームとしては時間を忘れてプレイさせられるというのは大成功している証だとも言える。プレイヤーにとっては、現状のように、ブログの投稿を10日近くも怠るまでにプレイしてしまうというのは大問題だ。正しくは、プレイし始めたのはここ3日位前なので、全部モンハンのせいにするのは適当ではない。でも、少なくともその3日はモンハンしかしていなかった。今はまだ序盤で、ストーリーを進めている段階で、オンラインの要素はまるでない。それであってすでに現状のように、現実に支障が出るほど、というとちょっと大げさだけど、丸々1日を費やすほどまではまりこんでしまったので、制限をかけたほうがいいだろう。このゲームの厄介なところで、1日に2時間程度とかだと全然進まない、進んだ気がしない。進んだ気がしないと楽しくないので、楽しくなるまでやり込んでしまう。これは良くない。単純に、2時間やって終わりにするという制限をかけるくらいなら、いっそやらないほうがいい。2時間でなにか成果を得られるようにすると良いかも知れない。なにか得られれば、やってやったという感触から、楽しかったという気持ちも湧いてくることだろう。そんなことが可能であるのならばだが。そもそも、ちょっとやって見るだけのつもりで始めたものだ。年末に立てた計画で、今年中にプレイするゲームとして何本も後に控えている。このままの調子でプレイしていたら、確実に計画倒れになる。どの辺で見切りをつけるかもちゃんと考えておかないといけない。せめてアイスボーンのストーリーをクリアするところまでやりたいという気持ちがないでもないが、それだけでもかなり時間がかかることが予想される。早いうちに決めてしまったほうが良い。

MSI Vigor GK30 COMBO WHITE JP

 新しいキーボードを買った。少し前、1ヶ月くらい前に、US配列のキーボードとJP配列のキーボードが入り混じっていて混乱するのでどちらかに統一したいということを書いた。あのあと、ラズパイ用に用意していた1000円のJP配列の無線キーボードにして、JP配列に戻れるかどうか様子を見ていた。やっぱり打ち間違いとか、そもそもUS配列のが打ちやすいとかある。それでもなんとかなるかなという感触は得られたので、JP配列で統一することにした。1月5日木曜日に、良いのがあれば購入する予定でPCショップに行ってきた。大体は今使っているのと同じ、ARCHISSのMaestro FLというやつをもう1本買うつもりで行った。ただ、事前にアマゾンで相場がいくらか情報を仕入れてあって、以前同じ店で買ったときよりも1割程度安くなっていたので、今回その店に行ってもそれより安くなっていることはないだろうなと思っていた。それどころか、その商品にしてもおそらく店頭よりアマゾンの方が安いのだろうと思っていた。割高になっても店頭で買うのかどうかは、どの程度価格差があるか次第という気持ちでいた。

 行ってみて、まず本命のMaestro FLがいくらかを確認しようとしたが、置いてなかった。前回来たときはあったのだけど、なくなっていた。テンキーだけあったので、一時品切れと行ったところだろうか。アマゾンでも買えるので買い逃したという感じではなかった。一応、いくらぐらいなのか確認して、あまり価格差がなければここで購入という感じだったので、ないならないでよかった。この店はキーボードの品揃えはなかなか豊富で、前来たときはREALFORCEも置いてあったのだけど、それもなくなっていた。実用重視のだとFILCOがあったけど、同じくらいの価格帯なら気に入ってるMaestroのでいいやと思いパスしておいた。

 別に予定が狂ったと言うほどでもなく、他にも種類豊富なゲーミングキーボードを鑑賞していくことにした。 むしろこれが楽しみで来たとも言える。ゲーミングキーボードって何かと言うと、正確な分類基準は分からない。ただ、大体は無駄に光るやつがそうだと思っている。光らないのにゲーミングキーボードと謳っているのは見たことがない。中で一番目を引いたのは、ROCCATというブランドのもので、価格もそこそこで、かなり奇抜なデザインをしている。試しにちょっとキーを押してみると、よく分からない。実際にPCの前に置いてやってみないと、ちょっと押しただけでは分からなかった。打鍵感は、他のどのゲーミングキーボードもいまいちピンとこない。1万後半するようなのでも、こんなもんなのかなと疑問に思ってしまうところがある。使ってみれば値段相応なのかもしれないとも考えた。そこに、REDRAGONというブランドのが目に入ってきた。6000円くらいで、触ってみるとみると悪くない。変にダサくてかっこいいような微妙な名前なのが気に入ったので、これにするかと思ったけど、一応、もしかしたらマナー違反かも知れないが、アマゾンを調べると同型が2000円くらい安く買えるのでやめておいた。6000円中2000円はちょっとでかい。今調べてみると、セール中で4000円になっているようだ。どうもJP配列がないので選択肢からは外れてしまう。

 最終的に選択したのは、MSIのもので、キーボードとマウスがセットになっているものだった。去年末に組んだPCが、マザボとCPUクーラーがMSIのもので、ケースは白になっている。ケースのサイドパネルが透明で、ちょうどCPUクーラーにMSIのロゴでもあるドラゴンみたいなのがフルカラーで光って存在感を醸し出している。目をつけたキーボードとマウスも、同じような白にフルカラーで光って、示し合わせたようにピッタリマッチしているように思えた。マウスも前の使いまわしなので、ここらで気分良く買えておきたいとは思っていた。欲を言えばマウスは無線にして欲しかった。それでも、デザインと価格でこれだけ要求を満たすものに遭遇できたことは幸運だっただろうと、それに決めた。またマナー違反にはなるだろうけど、アマゾンを調べるとやはりアマゾンの方が2000円ほど安いので、申し訳なく心苦しいのだが、買わないまま店を後にして、自宅から購入した。6000円ちょうどくらいだった。キーボードの打ち心地がどうこうよりも、デザインと価格をみれば超お買得だったと満足した。

 数日して、昨日届いた。開封して鑑賞してみると、思ったほど美しくはない。白と言ってもプラスチックっぽい白で、あまり高級感がない。実際、高級ではないのだから無駄に光沢があったりして無理に高級感を出さなくても良いだろう。光り方はきれいだし、マウスも統一感があるし、PC本体との相性もバッチリだ。肝心の打ち心地なのだけど、これがすごく微妙だ。ある程度は許容できると思っていたのだけど、その許容ラインギリギリと行ったところだろうか。US配列で使っていたのも、高いものではなかったのだが、そこそこのうち心地で、それと同じくらいだったらいいなあと期待していたけど無理だったようだ。つなぎに使っていた1000円のよりはずっとマシなのは当然だとしても、決して快適とは言えない。ほんと合格ギリギリラインの感じだ。キーを押し込んだとき、最後にグニャッとしたような感じで、押し込んだという感触が弱い。慣れたら気にならなくなるのかどうか分からない。マウスは前のよりちょっと小さい感じがするくらいで、普通に使えそうだ。有線なのはちょっと気になるところではある。

 MSIは信頼しているブランドなので、たとえキーボードが本業ではなくとも、安くてもそこそこのクオリティを求めてしまっていた。もし、これをデザインや今のPCとの相性を無視して買っていたのなら、とても納得のいくものではなかっただろう。今回の特殊な状況においては、打ち心地の悪さを無視できるくらい、デザインと相性が良いので買って良かったと思えるものだ。もしこの機を逃していたら、ずっと買っとけばよかったと後悔していたことだろう。しかし、このうち心地でこれからずっとやっていかないのかと思うとちょっと残念な気持ちがないかと言うと嘘になる。できれば、少しくらい価格があがってもいいから、もうちょっとクオリティを上げてほしかった。デザインとPCとの相性が完璧なだけに惜しい。

 今回に限って言うなら、打ち心地よりも見た目が勝っているので、失敗だったということは全然ない。しかし、もし、ただお買い得そうに見えたからといって購入に踏み切っていたのなら、そうではなかっただろう。おそらく、あまり安いものを買うべきではないと、残念に思っていたことだろう。そう考えると、今回は公開することもなくして勉強代も回収できたレアなケースだ。物品そのもの以上に、さらにお買い得な買い物だったとみなすことができる。学んだこと、キーボードの購入時に忘れていけないのは、安いキーボードにうち心地を期待してはいけないということだ。その家心地が気に入る、気に入らないの問題ではなく、そこまでの段階に達していない。微妙な違いではなく、明らかに安物感のする感触になっている。目安としては、1万以下のものは避けたほうがいいだろう。それ以下のものを買うときは、それを分かっていて買うようにすることだ。もし分かっていて買うのなら、話は別となる。間に合せのものが欲しかったとか、メインで使うものではないとか、そういうものが必要な事情というのはいくらでもある。すべてのPCに高いものを用意する必要などまったくない。しかし、メインに使うもので、打ち心地を求めるのなら、決して安物買いはしないほうがいい。別に今回の買い物が失敗だったわけもないし、むしろ良い買い物だったのだけど、そういうことが学べた。

正月がまだ終わらない

 毎日書こうと目標を掲げたのに年明けからサボってしまった。もう7日だ。正月は何をしていたのだろう。少し予定が入って潰れた日があった。とは言っても2日間だけで、今日を除けば4日間はフリーだったはずだ。何もしてなかったということはないだろう。ちょっとリハビリも兼ねて、また1日分稼ぐために振り返ってみる。

 結構寝てた。最近あまり経験してなかったけど、正月だということで結構遅くまで起きていた。明け方の4時とか5時とかまで起きていたりした。それで、昼の12時過ぎまで寝ていたりしてた。起きても頭がぼーっとして、またそのまま仮眠のつもりが夕方まで寝てたり、1日12時間くらい寝ていた。普通の休みの日だったら起きたら夕方だったとか、絶望的な気分になるが、正月はむしろ清々しい気分だ。思えば、去年はそんなのなかったな気がする。たまにはこういうのもいい。正月だけだったらいいんだけど、まだそういう気分が抜けていない。もう今日は1月8日で、日曜日といえどとっくに通常運転に戻っていけない日になっている。昨日なんかはひたすら寝ていた、18時間くらい寝ていたのではないかと思う。12月頑張っていたのが嘘のように無駄に過ごしている。ここらへんで気持ちを切り替えるためにも無駄に字数を稼ぐブログを頑張っていこう。これやっている間はなんとなく何かをやった気になれる。あとで見返したときに、なんかやってだんだな、という錯覚に陥ることができる。それって逆効果何じゃないかという気もする。1行だけずっと寝てた、とだけ書いて投稿していたら、ああ、何もしてなかったんだなというのがすぐ分かる。毎日の記録を書いていく目的であるなら、そっちの方が、わかりやすくていいかも知れない。でも、このブログではそれは目的としていない。そんな惨めな現実をみても、今日は頑張ろうという気にならない。錯覚でもいいので、後から読み返して、こんなに奇妙で面白いことを考えていたのか、今日はもっと面白いことを考えられるかも知れないと思わせてくれるとなれるほうが良い。ずっと寝ていた、だけでは後に繋がらない。 それに、単なる記録としては、別のとこで日記を書いていて、それがその役割を果たしている。寝ていたという情報はそこから得ることができる。ここでは、寝ていただけだけど、そこからどうやって文章をひねり出すかに挑戦してみたい。実際、寝てたというだけの事実から、投稿1本当たりのノルマの3分の1程度をもう書き出すことができている。今まではこんなことに挑戦したこともなく、文章を書くのは苦手としていたことだった。こうやって、無意味な文章をでっちあげることができるようになったのは、少しは上達していることとみなしてもよいのだろうか。

 年始の大半を寝て過ごした。その中でもなにかやったことはないだろうかを思い返してみる。

 とりあえず、Rustの本を1冊読み終えた。年末に立てた今年の読書計画の、2023年に読み終える13冊のうちの1冊だ。1週間目の時点で読み終えることができた。なかなか良い出だしではないだろうか。さっき書いたとおり、今年入ってからの1週間はほとんど寝ていた。そんな状況の中で、すでに1週間足らずで1冊読み終えることができたというのは、良いニュースだ。今年1年のボーダーラインとして13冊は必ず達成したいと計画。このリストに変更は加えないつもりだ。これにプラスする形で、読んででおきたい本を挟んでいくことが可能かも知れない。小説を除いて、本来なら70冊くらい読み終えたいのがあるのを、これまでの実績から不可能だと見積もって13冊までに減らした。13冊というのは不本意な数だ。読みたいもの、もっというとさっさと片付けてしまいたいものはもっとたくさんある。大体1冊1ヶ月をみていた中、1周間た足らずでさっそく1冊片付けられたので、13冊は十分達成可能であることが分かった。しかし、油断はできない。今回読み終えたものは、優先度が高いというわけではなく、去年末に中途半端な状態だったから、とりあえず読み終えてしまおうという感じでリストに加えたものだった。必読というような内容でもなかった、というのは予め分かっていた。 ただ、今年はRustを中心にやっていくので、仮にリストに入れてなくても読んでしまうことには変わりなかっただろう。そういう状況を考慮すれば、やはり必読とカウントしても間違いではなかったと言える。でも、やはり本番はこれからだろう。1000ページ近い重厚なのが5冊は控えている。逆に考えれば他のはそれほど重厚でもないということだ。ライトなのから攻めていくか、優先度が高いのから攻めていくか、あるいは並行して処理していくか、選択は自由だ。ともかく計画を立てて見直しながらやっていくことが重要だ。現段階では、まず小手調べの1冊を読み終えたというところだろう。

 目的を持って何かを達成しようとして取り組んだのはそれだけだったかも知れない。あとはなんとなく、気の向くままに過ごしていた。その中で、分類可能な活動は、YouTubeを見てたことと、ドラクエVIを進めていたことだ。面白いから悪い時間の過ごし方ではないのだが、どちらも計画して始めたことではない。ぼーっとしてたら、なんとなく手が動いてしまった。無計画なのは良くない。どちらも面白くて、気を抜いたら今後もついつい手を出してしまいそうに思える。有意義な時間を過ごせたと考えればいいんだけど、その他の活動にまで影響してしまうのは問題だ。ゲームは今年中に50本くらいプレイすることになっている。全部をクリアするまでやるというのは不可能な数だ。とりあえずプレイするだけで、その中で最後まで進めるかどうかを判断するまでが目標だ。いくつかは最後までやるだろう。ドラクエVIはそのうちのひとつにまず入るのは間違い。すでに25時間くらいプレイしている。ここで中断するという選択肢はない。だったら手を出してしまってもそれほど計画から外れているということはない。ただ、なんとなく手を出してしまったというのが懸念する行動パターンだ。費やした時間の量が問題なのではない。最初から、今日のこの時間はプレイする、と決めてやるのならば、マル1日やっていようが、そんなに問題とはならない。実際には、毎日23時から24時を使って書くはずだったこのブログをほっぽりだしてプレイしていた。時間を忘れるほど夢中でやっていたというわけではなく、23時だから書かないといけないな、と自覚しているのに、書くの面倒だなあ、もうちょっと進めたいなとだらだらとプレイしていた。これは良くない。今の早い段階で気づけたのは不幸中の幸いだっと言うことにしておこう。YouTubeはもっと深刻だ。普段は猫とBGMの動画くらいしかみない。どういう経緯か覚えてないのだけど、ある動画にたどり着いた。中毒性が高く、無限にみてしまう。たぶんこれからもちょっくちょく見ていくことは避け難いかも知れない。これもゲームと同じで、まったく予定に入っていない時間を使ってしまうのがやはりまずい。本音はあんまりまずいと思ってない。ドラクエみたいに25時間も費やしてはいないはずだし、少なくともPCに向かっているので、さっと作業を切り替えることも可能だ。それは楽観視しすぎだ。PC向かっていようがいまいが、手と思考を稼働させていなかったら関係ない。これもまた、早い段階で気づけてよかった。さくっと気持ちを切り替えて、今日から通常モードに戻そう。

 年が明けた

今年はちょっと去年とは状況が違う。具体的なことは書かないでおくけど、これまでのようにのんびりとプログラミングをやっているだけではいけない。具体的な成果が求められる。具体的な成果ってなんなのかというと、何でもいいけど、特にほしいのは完成されたゲーム作品だ。いつものように、本を読んでそれをで学んだ知識を活かしたデモを作って終わりでは全然足りない。ちゃんとプレイして面白いと思えるようなものを作らないといけない。そのためには、絵とか音楽とかもちゃんと作らないといけない。アーティスト志望ではないので、あまりに高いクオリティを求める必要はない。でも、適当にマウスで書いたやつや、マイクを転がして録音しただけのような適当なもので間に合わせることはできない。絵など普段全く練習してないし、グラフィックスツールの使い方も、モデリングツールの使い方も覚えないといけない。ツールの使い方を覚えるだけならそれほど難しくはないと見込んでいる。しかし、基礎的な絵の書き方やモデリングの技術は問題になる。1日や1週間と単発的に練習した程度ですぐに身につくものではない。クオリティを求めないと言ったけど、できるだけのことをして、それなりに特徴のある、味のあるようなものにしたい。音楽はゼロからスタートというわけでもない。楽器をやってきていて、最近離れていたけど、そこそこ練習もしてきていた過去がある。毛の生えた程度に知識もある。その経験を活かして、ゲームに使えるような楽曲やサウンドエフェクトを作る工程は、絵に比べればイメージができる。機材も少しは揃えてある。こういう背景を考えると、プログラミング、グラフィックス、音楽とゲームの基礎となる三大要素のうち最もスキルが欠けているのはグラフィックスということにになる。

 それより大事なものもある。個々の部品だけでなく、ゲームデザインを軽視してはいけない。ゲームデザインが何を指しているか、一般的な解釈は知らない。今言おうとしているのは、ゲーム全体の出来上がりを考える工程のことだ。大体のゲームの完成予想図がないと、どれだけの量と質が絵や音に求められるのかがわからない。それでは、どれだけスキルが不足しているのかも分からない。無限に時間があるのならば、ひたすら練習してクオリティの高い絵や音が用意できるようになるまで頑張ることができる。現実はそうではない。これまでプログラミングの修行にかけてきた時間と同じように、絵や音に対してかけることもできない。ゲームデザインが重要なのは、ゲームを面白くするためという本来の目的に加えて、どれだけのスキルが要求されるかを先に把握しておくためだ。いわば目標値の設定が必要だ。スキルポイントがどれだけ不足しているのかを確認して、そのために必要なレベル上げを行って、得られたスキルポイントをそこに分配するという戦略だ。実際にはこんな機械的に行えるわけではない。絵や音のスキル値がどれだけなのかを視覚的に把握するのは難しい。そこで、ゲームの完成予想図を明確に持っていることが助けとなる。思っているよりひどい絵だったら、それしか用意できないのであれば、不足しているということだ。

 制作が進んでいって、最初に求めていたものより要求が高くなってしまったとしても、悪い傾向ではない。そういう場合の原因は、最初のデザインが思っていたほど良くなかったのかもしれない。もうちょっと工夫すればもっと良くなるというところが見えてきたということだ。少なくとも、スキル値としては要求していた値を満たしたということになる。自分の性格では、少なくとも全く経験のない絵という分野に置いては、最初にデザインするときには、あまりに無茶な要求をしないのではないかと思っている。いきなり、世に出回っている一級品のゲームのような美麗な絵を用意しようなどと計画するとは思えない。おそらくは、技術的にはかなり初歩的なところからスタートするのではないかと思う。そこから段階的に、もっと良くなるためにはどうしたらいいかを考えて、積み上げていく形になると思う。その都度、ゲームデザインを改良していくというステップを踏むことになる。

 ゲームデザインについてちゃんと学ぶ必要はあるだろうか。そんなに構えて形式的に学ばないといけないというふうには思っていない。ヒットするゲームを考えるとなると、また話は別になるだろう。戦略的に、徹底的にゲームを分析しないといけない。なんとなく面白そうなゲームを作るというのでは、宝くじを当てるようなものに等しい。これまでの過去のヒットしたゲームを調べて、現在のゲームの状況も調べて、それらを加味した上で、これから作られるゲームにどのように取り入れていくか、しかも、全く新しいプレイ感が得られるようなオリジナルの要素とどうやって融合させるのかが考えられて行けなければならない。プレイヤーのターゲット層や広告についても考えないといけない。ゲームをヒットさせるというのは、およそ不可能にさえ思える。

 ヒットするゲームを生み出そうなどとだいそれた考えは持っていない。じゃあどんなゲームを生み出そうとしているのかというと、よく分からない。少なくとも単なるプログラミングのデモ以上のものを作りたいとは思っている。また、ヒットと呼べるまではいかなくてもいいけど、誰もプレイしないようなゲームでは満足できない。誰かがプレイしたかどうかなど、どうやって把握するのだろうか。売り物にしようとは今の段階では考えが及ばない。将来的にはそうでありたいと思っている。例えばPS Storeに並ぶような、インディーゲームの市場はどうなのだろう。個人でできる、ゲームを世に送り出すという場所はそのくらいが限度ではなかろうか。他のルート、例えばスマホで100万ダウンロードのようなのは、宝くじに近いものを感じる。もっとも、スマホのプログラミングは余り楽しくないので選択肢にない。それはいいとして、どのくらいの人にプレイしてもらいたいか、という目標もある程度は考えておかないといけないだろう。まだ何も作っていないのにそんなことを考えるのは、妄想に過ぎないのだろうか。だいそれた考えを持つのは良くない。広告付きのゲームを作って100万ダウンロードを目指すなど、そんなのはどうでもいい。段階的にやっていくのがいいだろう。まずは、小さくても完成されたゲームを作ることだ。

 完成されたゲームを作るのと同時に、これまでやってきた、プログラミングのデモのようなもを作って修行することを中断することはしたくない。でも、同時進行というのは難しいのだろう。デモを作るのは局所的なスキルを磨くことにはなるのだが、プログラミング全体のスキル向上にはあまり役に立たない。現実のプログラムには、デモプログラムには現れない、現実を反映した複雑な構造が入り込んでくる。こういう複雑さに立ち向かっていかないと、現実のプログラムをプログラミングする能力は磨かれていかない。だから、今年は現実のプログラム、大体はゲームだけど、を作り上げることを中心に据えていくのを目標としよう。